カテゴリ:日記( 81 )

日記 尖閣問題

ZEROの前原外務大臣の話を聞いていると、尖閣問題はアメリカの基地を沖縄に存続させるための、自作自演的な日中米合作に見えてくる。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
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by tut_ankh_amen | 2010-09-28 22:13 | 日記

日記 Ninth Anniversary of the Terrorist Attack

- 今日でN.Y.のワールドトレードセンターがテロで攻撃されて無くなってから9周年です。僕が海外へ行くと、その国で何か悲劇が起きるようで、1997年にイギリスに行ったときはダイアナ妃が交通事故で亡くなったし、2001年にアメリカへ留学したときは、テロが起きました。疫病神なんでしょうか。2008年にフランスに行ったときは、何も起きなかったけど。

 アメリカでテロが起こったときは、僕が行っていた州立大学では、ちょうど最初のセメスターの2週目ぐらいの授業が始まったところで、最初卒業するのに取らなければいけない授業の数を、コースカタログを読んで把握したときに、日本に電話をかけて、親に卒業するのは無理かもしれんから、帰国するなら今だけどって電話をかけたぐらい大変で、まぁ卒業できなくてもいいから、できるところまで頑張れと言われ、毎日必死にリーディング・アサインメントをやったり、ライティングをやったりしていたところで、先月まで日本でTV見ながら笑っていたのに、なんでこんな夜遅くまで、深夜遅くまで黒人奴隷が白人に痛めつけられる本やらを読んだり、フランス語の作文をせねばならんのだと思いながら、寝不足に絶えつつ学校に行っていたので、テロが起こって周りが不安におののき、悲しみに暮れ、夜には窓辺に追悼のキャンドルが点る中で、しめしめ明日は休校になったぞとほっとしていたのでした。

 その後、キャンパス内でも反戦の集会があったり、アラブ系の教授が逮捕だか尋問だかされて運動が起こったり、僕が取っていたフランス語の授業の生徒が予備役みたいなので、イラクに従軍するために授業を離れることになってお別れパーティーをしたり(って先生がドーナツ買ってきてくれて、みんなで食べただけだけど)、普段からROTCといって、予備役につきながら勉強しているような生徒(キャンパスでも迷彩服を着ている)が周りにいたりして、日本とはちょっと違うテロまでの距離感で生活していたのかなぁと思う。なんとか2年で卒業するために、夏休みも授業を取っていたのだが、そのフランス語の若い女の先生が、「彼はまだ19歳なのよ。それでも、戦争に行かなければいけないなんて…。彼は偉いわ」というようなことを言っていたのを覚えている。オバマ大統領がイラク戦争終結宣言を出したが、彼は無事で帰国したのかなぁ。まぁ、派遣は2年ぐらいだろうけど。
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by tut_ankh_amen | 2010-09-11 22:12 | 日記

日記 ポテチ専用箸

- TVを観ていたら、東急ハンズでポテチをつまむ専用の箸を売っていて、開発者の店員がさもナイスアイディアであるかのように誇らしげに宣伝していたが、ポテチは手でつまんで食べるからおいしいのであって、手についた化学調味料を、体にあまりよく無いんだろうなと分かっていながら、指に付いた細菌ごとペロリと舐める、あの背徳感が堪らないのであって、箸なんかでつまんで食べたら、インド人にカレーをスプーンで食えと言うのと一緒で、どんなにおいしいガラムマサラを使っても味わえない味が損なわれるのではないかと思う。
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by tut_ankh_amen | 2010-09-10 22:11 | 日記

日記 鯉の雨乞い

- うちは山の中腹にあるので、家の裏からでる湧き水を集め、サイフォンの原理を利用して引っ張ってきて、池を作り、そこで鯉を飼っているのだが、ここんとこ猛暑の割りにちっとも雨が降らないので、水の供給がついに止まり、水が半分ぐらいになってしまった。このままだと干上がってしまう。
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by tut_ankh_amen | 2010-09-04 21:55 | 日記

日記 英語ができるようになる子とならない子の分かれ目

英語が得意になる子

1. エピソード記憶が得意。エピソード記憶というのは、例えば、ある単語を単体で見ても意味が分からないが、ストーリーを思い出せば、その単語の意味を思い出せるといったことである。円周率を何万桁も暗記する人は、数字をキャラクターに置き換えて、ストーリーを作って覚える。それと同じようなことで、単語を見て、どういう場面ででてきたかを覚えていれば、意味が思い出せるのである。

2. どちらかと言えば寡黙な子。頭で言うことを考えてから、言葉を選んでしゃべるタイプ。

3. 負けず嫌い。

4. 親の期待度が高い子。親が厳しい子。

5. 発育がいい子。

6. 何かしていても、耳は人の話を聞いている子。



英語が得意にならない子

1. 記憶力に頼る子。なまじっか記憶力が良すぎると、すべて暗記してしまって、最小限の法則(つまり英文法)を、場合に応じて(日本語との対応で)使い分けることができなくなり、英語と日本語が一対一で対応していない事柄がでてくると理解できなくなる。こういう子は、教科書どおりの英文が出題される中間テストや期末テストは点が取れるが、対外模試や入試などで点数が低くなる傾向がある。

2. よくしゃべる子。思いついたことは何でも口にする子。

3. 途中ですぐ諦めるタイプ。面倒くさがり屋。

4. ゲームの話をよくする子。

5. 子どもの言いなりになっている親をもつ子。

6. 発育の悪い子。背が小さい。頭が小さい。言葉がすらすら出てこない。

7. 日本語が一度で理解できない子。聞いたことが耳に残らない子。

8. すぐに自分のことをしだして、人の話が聞けない子。
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by tut_ankh_amen | 2010-09-03 21:15 | 日記

日記

- 直人くん!おっとな~のモビットでお金を借りて、小沢ケンジちょうなんかに負けるな!
- 「探訪」という字をずっと「たんほう」と読んでいた。
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by tut_ankh_amen | 2010-08-27 13:33 | 日記

日記 論理と言語

- 論理と言語は違う。論理学では、「かつ、そして」はand、「または」はorだが、日常言語では違う。例えば(Wikiから例をひくなら)、

「コーヒーと紅茶がお選び頂けます」

という日本語に対して、

「じゃあ、両方で」

という人はまずいない。それは、その日本語が「コーヒーか紅茶がお選び頂けます」という意味だと分かっているからだ。「と」を使うなら、「コーヒーと紅茶から一つがお選び頂けます」と言わなければならない。上のような日本語に対して、"You can choose coffee and tea."とすると、"Then, both, please."と言われてしまうことになる。
 元々、論理学では、andは論理積といって、コーヒーと紅茶でいうなら、両方を選ぶ場合のことしか言うことができない。orは論理和で、コーヒーか紅茶のどちらか一方かその両方をも指す。しかし、日常言語でandは、どちらか一方の場合があり得るし、orは、両方を指すことはない。
- 「ランチサービスのコーヒーとケーキ」と言う場合、「『ランチサービスのコーヒー』と『ケーキ』」なのか「『ランチサービスのコーヒー』と『ランチサービスのケーキ』」なのかを、英語でははっきりさせなければならない。この文脈では、日本人なら「ランチサービスの」は両方にかかっていると推測することができるが、文化背景を知らない人でも理解できるように書かなければならないのが、言語というものなのである。これは、英語にするなら、"the coffee and cake of the lunch service"で、theで名詞をまとめることで、両方にかかっていくことを表せる。theをつけられない状況の場合は、both coffee and cakeとしなければならない。coffeeもcakeもserviceも基本的には、集合名詞なので、限定されない場合、aはつかず単数扱いするが、数えたい場合は、a cup of coffee; a piece[slice] of cake, a Christmass cake; an airmail serviceとか言う。形容詞的なものが前につくと数えられるようになる傾向がある集合名詞もある。最初の例文の前者の方だったら、"the coffee of the lunch service and cake"である。日本語では、「ランチサービスのコーヒーと、単品でケーキ」というより仕方がない。
- そういや今朝は、全国の美脚鑑賞ファンに衝撃が走ったな。高島アナ~~~。
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by tut_ankh_amen | 2010-08-24 13:33 | 日記

日記 英語について思ったこと

- 翻訳をしていて&『Dr. House』を見ていて思ったのは、どんなに詳しい日本語の英語の文法書を読んだところで、ネイティブが使う英語のすべてを学ぶことはできないということだ。当たり前すぎるほど当たり前のことだが、いまさらながら再認識した。しかし、翻訳をしたり、(日本人であれネイティブであれ)英語で文章を書く以上、何らかのルールに則らねば書けない訳だから、一通りの文法は学んで、頭に入れて、いつでも使えるようにはしておかねばならない。日本では、基礎的な文法を中学でやって(文部科学省が学校では文法を教えてはいけないことにしてしまったというのは、正気のサタデナイト、おっとこれは所ジョージの歌のタイトルだった、もとい、沙汰ではない)、高校で発展的な文法をやって、受験では、そんなに難しくない単語がでてきて(難しい単語は簡単な単語に変えてあるのだろう)、やたら変な構文だけを日本語にさせ、毒にも薬にもならないなんの感銘も受けない長文を読ませ、単語の問題では記号を塗りつぶすか、「ア」とか「1」とか書くだけで、英語の点数になり、大学に入ればTOEICを受けて、記号を選んで塗りつぶせば、はいあなたの英語力はこれだけですと言って決められて、昇進に関わってきたりする。かなり皮肉を込めて言っている訳だが、だからといって日本で育つ以上、この過程から逃れるのは非常に難しいし、アメリカンスクールにでも行けば別だけど、アメリカンスクールに行くと、今度は逆に日本の大学に行くのに受けられる大学の数が少なくなってしまう。日本の英語教育および、英語参考書が教えることは、結局のところ、規則化できることと、その規則から外れた例外的な暗記事項のみだということだ。そして、出る問題は、先生や学者が理解できること、つまり英語教育や英語参考書から学んだ、すでに規則化されていることと、その規則から外れた例外的暗記事項(簡単に言えば入試によくでる知らなくても英語圏で生きていけるどうでもいいこと)だ。うまく規則化できないようなことや、ネイティブがその場の雰囲気とか自分の気分で作った規則とか単語なんて、文法書には書いていないし、試験にも出ない。だけど、英語を使うときに本当に重要で、日本人が英語を話したり聞いたり読んだり書いたりするときに悩むのはそういうところなのだ。映画を見ていて、聞いてる英語の直訳と日本語が違うことがよくある。日本語は英語のニュアンスだけを、短い日本語にしているが、英語を聴いていると、もっと具体的に言っていて、それが皮肉やユーモアを含んでいるが、ちゃんとニュアンスも伝えている。そして、ニュアンスだけの日本語から元の英語を作ろうと思っても絶対に不可能だ。それを考えると、日本語の字面を訳す能力なんて、英語の翻訳と言えるのかどうか疑問に思えてくる。受験レベルまででは、そういう英作文しかでてこないし、日本で翻訳の授業を取っても、意味をまったくそのまま訳すようにしか教えてくれない。だけど、多分、英語を使うというのはそういうことではないのだ。冠詞一つをとっても、というか冠詞は一番難しいのかもしれないが、役職を示す単語には冠詞をつけずに使うことが多いが、必ずしもいつも冠詞がないとは限らない。一つの文章の中でも、つけていたりつけていなかったりする。ドラマを見ていても日本人ならtheをつけてしましそうなところが無冠詞だったりする。そして、話していても不加算名詞、可算名詞がきっちり守られている。日本の辞書はCかUで書いてあることが多いが、その両方がついていることも多く、いまいち使い分けがはっきりしないが、英英辞典では例示してあることが多いので、多少参考にはなる。このようなことは、規則化されていないとか、学校で教えてくれないからと言って、できなくてもいいということにはならないし、先人を責めても仕方がない。結局、自分が学んで、真似んで、使えるようになるよりどうしようもない。
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by tut_ankh_amen | 2010-08-21 13:32 | 日記

日記 モテないオヤジの僻事(どうせこんな漢字すら読めねーんだろうがな!)

- 恋愛というのは、他人を自己と同等価値視する行為である。故に、自分が自分に対して好きな部分を持っている人間を好きになり、自分が欲するのに持っていない部分を持っている人間に憧れて好きになる。これは、同等価値視であるから、あまりにも理想が高すぎても、理想と離れすぎていてもいけない。あくまで、自分の自分に対する社会評価の現状、あるいは理想と同等の社会評価を持つ相手を欲する。そして、自分にないもの(最大のものは性とそれを取り巻く様々なものである)に対する占有の欲求を満足させるため、恋愛感情として自分に取り込もうとするのである。
 日本では、社会的構造のせいもあり、どちらかというと男子は独立心が強く、女子は依存心が強いし、そうでなければならないというような風潮もある。独立心が強いというのは、言い換えれば、自分の価値観が他人の価値観によって左右されにくいということである。依存心が強いということは、その逆で、自分の価値観が他人の価値観によって左右されやすい、もしくは他人の価値観によって成り立っているということである。よって、女子が「私は家事が得意なので、安心して稼いできて」とニッコリ笑って言えば、即結婚なのに、男子が言ってもまず受け入れられないし、女子は「私の夫は…で」とか「私のパパは…で」と言って、自分は何を為したのか全く言わなくてもまかり通る世の中なのである。
 恋愛において、他人を自己と同等価値視する場合、自己の価値観が確立されていなければ、相手の価値観を自らの価値観によって正当に評価し、恋愛感情にまで発展することはないはずである。なぜならば、他人を自己と同等価値視する行為は、その他人の裏切りによって自分の半分の自由が利かなくなるかもしれない、非常にリスクのある行為だからである。しかし、恋愛の低年齢化によって、自らの価値観が確立する前に、周りの価値観で評せられた外見の良さや肉体的欲求、金銭的欲求、単なる感情移入、家族や友人、または他人などの社会的な圧力によって、異性と付き合うことを始め、それを恋愛であると勘違いした場合、果たして恋愛というものが「自己の価値観と照らし合わせて、相手を認める」という崇高な行為になり得るであろうか。そして、そのような似非恋愛に失敗したとて、自己反省すべき自尊心すら持っていないのではないだろうか。
 近年恋愛の低年齢化、交際相手の青田刈りの結果、チープな恋愛と呼ぶにもおこがましい余りにもおこがましい引っ付き合いもっ付き合いばかりが増えて、ただでさえ温暖化で暑い夏が息苦しいほどに暑いのである。
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by tut_ankh_amen | 2010-08-18 13:31 | 日記

日記

- なんとか翻訳が終わって、数分締め切りを過ぎたあとに出した。スペルチェックをかけたけど、読み返してない。あとで、読み返してたら、時制が合っていないところとかある。orz。森鴎外の漢文調の文章とかきーてねーし!日本語の意味取るだけで時間がかかるっちゅーねん。古典と漢文をまともに勉強してなかったらお手上げだぁ。今週からチェックだー。量多いから早目にとりかからんとやばす。
- 郵便局いって、年金払いにいって、BookOffいって、本屋いった。
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by tut_ankh_amen | 2010-08-15 13:30 | 日記