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小説を読むために知っておくべきこと

・小説(novel)は,文学(literature)の一形式である

文学のジャンルには,詩(poetry)・劇(drama)・小説(novel)がある。


・小説には,作者(author)がいる。

初期の文学である,神話(myth)や詩(poetry)(特に,韻文詩)は口伝されていたものを誰かが書き留めたものであるため,作者不詳のものが少なからずある(ギリシャ神話,ホメロスの作品,聖書等)が,小説はその名が表すように(イタリア語 novella;新しい種類の物語)18世紀以降に現れた新しい文学形式であるため,作者不詳のものはほとんどない。


・小説には,語り手(narrator)がいる。

物語の視点(point of view)となる語り手には,「一人称の語り手(first person narrator)」と「三人称の語り手(third person narrator)」がいる。一人称の語り手は,「私は」「僕は」など一人称の代名詞(英語では"I")を地の文で使い,作中人物となる。一人称で書かかれている小説の語り手を,作者自身と混同した感想文などがよくあるが,あくまでも作者と語り手は別人格であり,語り手は作者によって創造された人格(persona)である。ただし,一人称の語り手と作者を限りなく同一視することができる日本の小説を,「私小説(private novel)」という。三人称の語り手には,「全知の語り手(omniscient narrator)」や「信頼できない語り手(unreliable narrator)」」などがいて,作中の出来事や人物の心理などについて全て知っている語り手を「全知の語り手」,何らかの事情で出来事や心理が脱落したり,非常に主観的に語る語り手を「信頼できない語り手」と呼ぶ。


・小説には設定(setting)がある。

設定とは,いわゆる5W1Hのようなことである。いつ,どこで,だれが,なにを,どうしたか,ということである。「いつ」は,小説の時代設定である。SFや歴史小説は,設定が現代ではないことがほとんどである。また,小説が出来事を時間順に提示するとは限らない。例えば,村上春樹の『ノルウェイの森』は,主人公がルフトハンザ航空の飛行機に乗っている場面から始まり,過去を回想する。時間順に提示するならば,主人公は最後に飛行機に乗らなければならない。小説が提示する順に並んだ出来事の連続を「プロット(plot)」といい,それを時間順に並べ替えたものを「ストーリー(story)」と呼ぶ。作者は,ストーリーを考え,それを効果的に読者に提示するためにプロット(plot: たくらみ)を考えるのである。「どこで」は,小説の出来事が起こる場所である。作者に馴染みのある場所であることが多いが,実在する場所に似せた架空の場所であることもある。「だれが」は,登場人物である。その中の,1人もしくは複数が主人公(main character; hero or heroin; protagonist)となる。主人公に対して敵対者(antagonist)が設定されていることが多い。敵対者は,社会的な悪を体現していることが多く,読者は主人公が敵対者を打ち破り,小説の結末(ending, denouement)が社会的な善や幸福に導かれることを期待する。そこで,主人公や主要人物が死なないものを喜劇(comedy),主人公や主要人物が死んで終わるものを悲劇(tragedy)という。シェイクスピアの劇では,喜劇は結婚で終わることが多い。


・小説には読者(readers)がいる。

文学(literature)は,文字(letter)という記号(sign)により作られたテクスト(text:織ったもの)からなる。意味とは,テクストが読者に読まれて初めて生成されるものである。つまり,読者がいなければ小説も存在しないと言ってよい。(物理的には存在するが)しかし,作者が小説を書く時点で,自分の小説がどのように読まれるかを想定するはずである。そして,その通りに読んでくれる読者を「意図された読者(intended reader)」や「理想的読者(ideal reader)」という。しかし,記号の意味は,文化的背景や解釈者によって異なり,1つに定めることはできない。例えば,日本語の「公園」により,街中の小さい公園をイメージする人もいる一方,カナダにあるような広い自然公園も公園である。"Park"という英単語により,日本の四角く,住宅に囲まれた狭い公園を想像する英語話者は少ないかもしれない。つまり,記号の意味は,別の記号に左右され永遠に定めることができない。これをポスト構造主義者(post-structuralist)は「差延(differance)」と呼ぶ。作品を一つの記号と見なす場合,作品の意味は「差延」され1つに定めることはできないということになる。作品が「めでたし,めでたし(happy ending)」で終り,読者に明らかな意味を提示するテクストを「閉ざされたテクスト(closed text)」という。それに対し,読者に明らかな意味を提示せず,作品の意図を曖昧なまま読者に提示し,読者に意味を見出させるテクストを「開かれたテクスト(open text)」という。
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by tut_ankh_amen | 2009-09-16 18:06 | 小文

日記

- 最近,大学生時代に読みかけて読破できなかった『罪と罰』の続きを読んでいる。しかし,心理描写があまりにも多い。心理描写というよりは登場人物の発言だが,これが長い。これが地の文だったら,多分もっと多くの人が読んでいる途中で投げ出してしまうに違いない。しかし,誰かが話している言葉というのは,いくら長くてもそれが何か一つの隠された出来事やそれに対する心理のようなものを暗示していると,それを暴くために躍起になって読み進めてしまうものだ。人間は,「真実」とか「正義」「真理」といった言葉に弱いのである。そんなものは,ある社会の中で権力のある人間が,自分に都合のよいように制度を定めるための民衆を誘惑する言葉に過ぎないのに。
- 土曜日は,久々に雨が降って雷雨だった。中学校は運動会で,雨の中1時までやっていたらしい。あとは,次の日に持ち越しになったようだ。母は松月堂古流の花展を観に行った。雨の中,瑞浪~土岐を走り回った。
- 日曜日は晴れで,TOEICだった。金山の専門学校が会場だった。若い人が多くて,自分以上の年齢の人は職場で受けるからか,あまりいなかった。11時半頃から12時20分までが受け付けで,テストは1時からしか始まらないのは,いけてない。テストが始まるまでの40分のうち15分は休憩なのである。電車がないから早く着いてしまって,『罪と罰』を読んでいたが,テストが始まってから2時間も集中力がもたない。もう年なのかもしれない。テストは,迷う問題もあったが,大方は自信を持って答えられた。5分時間が余った。問題は回収されてしまうので,自己採点も見直しもできないというのはこれまたいけてない。問題をすべて再構成できる記憶力がほしい。とりあえず,be enthusiastic はofではなくaboutが来るということだ。帰りの電車まで時間があったので,五目ラーメンを食べて帰ってきた。目を使いすぎたからか,目がチカチカしてうまく見えなくなる症状が出た。神経を休めるために寝て帰ってきた。夜は,昨日の代わりに家庭教師に行った。
- もうすぐ教室に追いつので,10月の半ば頃から教室に入れるだろう。
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by tut_ankh_amen | 2009-09-15 03:37 | 日記